急性・慢性心不全診療ガイドラインに基づく薬物治療

エキスパートが語る  心不全パンデミック時代のGDMT*の重要性 ~ガイドラインを臨床で活かす~ Vol.1 全5回 心不全治療の現在の課題と今後の取り組み 監修|国立大学法人東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授 小室 一成 先生 エキスパートが語る  心不全パンデミック時代のGDMT*の重要性 ~ガイドラインを臨床で活かす~ Vol.1 全5回 心不全治療の現在の課題と今後の取り組み 監修|国立大学法人東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授 小室 一成 先生

「心不全パンデミック」のただ中にある日本。心不全とは何かを国民に広く普及・啓発することがまず大切

わが国の高齢者人口は3640万人(2021年9月15日現在・推計)、総人口に占める割合は29.1%で過去最高となり今後も増加し続けると推定されている1)。超高齢社会に伴い、現在120万人といわれている日本の心不全患者数は、少なくとも2035年まで増加し続けるともいわれ2)、今まさに「心不全パンデミック」のただ中にいるといってよい状況にある。
こうした将来予測も踏まえ、「脳卒中・循環器病対策基本法」の制定(2019年施行)とそれに基づく「循環器病対策推進基本計画(以下、基本計画)」が策定(2020年)された。基本計画では、大きく三つの目標「1. 循環器病の予防や正しい知識の普及啓発」「2. 保健、医療及び福祉に係るサービスの提供体制の充実」「3. 循環器病の研究推進」を掲げ、医療だけでなく福祉サービスなども含む、地域全体での心不全患者ケアを目指す取り組みを推進している3)

基本計画の1. が示すように、現状の課題の一つは、国民の大部分が、心不全がどのようなものかを知らない点である。がんはある程度知っていても、心不全と聞かれて答えられる人はそう多くないだろう。一方で、心不全はがんに比べて予防が有効であり、「塩分過多を避ける」「肥満を避ける」「日常的に運動する」「暴飲暴食を避ける」などが予防につながる。こうしたことを国民が理解し心不全の予防ができるよう普及・啓発することは、患者数減少につながる点で大きな意義がある。
これまで日本循環器学会は、市民公開講座やメディアを通じて国民に対する心不全の普及・啓発活動を行ってきた。しかし、今まで以上の普及・啓発活動を行うために、2021年5月、私が代表理事となり一般社団法人 日本循環器協会を設立した。発足したばかりでまだ活動規模は小さいが、循環器疾患で苦しむ人が一人でも少なくなるよう、今後活発な活動を展開していきたい。

* https://j-circ-assoc.or.jp/

地域全体でのシームレスな心不全の医療提供体制整備が急がれる

次に、基本計画の2. に該当する課題として、心不全の医療提供体制の構築が挙げられる。同じ循環器疾患である急性心筋梗塞では、発症→入院→冠動脈カテーテル治療(PCI)→CCU管理→心臓リハビリテーション→退院という一連の流れがすでに構築され、院内死亡率は8%以下4)、8~9割の患者が急性期医療で完結する。心不全でも急性期ケアは重要であり、ほとんどの患者は初期治療で改善・退院するが、1年以内の再入院率は3割程度、その後急性増悪を繰り返した後に死の転帰をたどる者が多い(図1)。この点ではがんよりも予後が悪く、がんの5年生存率が68.9%である6)のに対し、心不全の4年生存率は55.8%である7)
再入院を可能な限り避けるためには、退院後の、回復期、維持期、慢性期のケアをシームレスに行える体制が不可欠である。しかし、心不全では、一つの医療機関が一人の患者を継続フォローする体制が現在は構築されていない。院内の多職種連携に加え、地域全体での病診・病病連携、多職種連携が求められる。今後、そうした体制整備に向けて努めていきたいと考えている。
三つ目に重要な課題は、私たち研究者にも心不全の正体がいまだに分からないことである。もちろん、心不全治療にとって有用な治療薬やデバイスが多く開発され臨床にも応用されているが、それらはみな一種の対症療法であり根治療法ではない。この問題を解決することは非常に大きな課題であるため、基本計画の「3. 循環器病の研究推進」で目標としても掲げられており、今後推進していく必要がある。

心不全患者のケアにはかかりつけ医の協力が欠かせない

心不全患者数は増加の一途をたどっており、私たちは実際の診療でこのことを実感している。「心不全パンデミック」といわれるようになった現在、心不全診療は新たな局面を迎えている。
有症状の心不全に至れば、急性増悪による入退院を何度も繰り返して病態が悪化していく進行性の経過をたどる。しかし、次ステージへの進展を予防することは可能である。「心不全を予防するチャンスは4回存在する」と折に触れ申し上げているが(表)、もし心不全になってしまったとしても、ステージDにならないよう予防することが大切である。一人一人の患者に細かなケアを行うためには、かかりつけ医の先生方の一層のご協力が必要である。

GDMTを推進するため、循環器非専門かかりつけ医への研修なども必要

心不全(駆出率が低下した心不全:HFrEF†)の最初の基本薬は、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI‡)またはアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB§)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA¶)となっている9)
私が代表として実施した1万3千人のレジストリー研究では、ACEI/ARB、β遮断薬の処方割合がそれぞれ約6割、MRAが約5割であった7)。このように、日本の心不全治療では、そもそも基本薬が十分に処方されていない。
さらに、具体的な大規模調査データはないが、薬剤の投与量不足も懸念される。実際、当院へ紹介されたHFrEF患者の薬歴を調べてみたところ、これらの基本薬が最小投与量であることが多く見受けられた。心不全治療薬の有害事象を恐れて最小投与量でとどめていることが考えられるが、ガイドラインにもある通り、効果不十分な場合は、患者の状態に合わせ最大量まで増量することが望ましい10)
そのため、投与制限にかからない患者では、かかりつけ医の先生方にも、患者の状態を観察しながら可能な限り増量してもらうよう改めてお願いしたいと思う。
また、MRA投与に伴う高カリウム血症を懸念されることもあるようだが、個人的には正常範囲の高値(4.5〜5.0mEq/L)程度を維持することがよいと考えている。一般的な状況を想定すれば、ACEI投与前にループ利尿薬が投与されカリウム低下傾向にある。そこにACEIを追加することで血清カリウム値はやや上昇、さらにMRAを併用することで4.5~5.0mEq/L程度になるとおおむね予想される。血清カリウム値が低い(≦3.5mEq/L)と致死性不整脈の頻度が増加するので、低い場合も注意が必要である。図2に示す通り、文献的にも正常上限値が望ましいとする報告が見られる(図2)。
循環器非専門かかりつけ医の先生方が、以上のような薬剤投与に関する迷いを払拭し適切な薬剤投与ができるよう、教育研修などを充実させる必要があると考えている。

† HFrEF:LVEFの低下(LVEF<40%)した心不全(heart failure with reduced ejection fraction)
‡ ACEI:angiotensin-converting enzyme inhibitor
§ ARB:angiotensin Ⅱ receptor blocker
¶ MRA:mineralcorticoid receptor antagonist

最後に

心不全患者をできるだけ早期に減らすには、基本計画「1. 循環器病の予防や正しい知識の普及啓発」および「2. 保健、医療及び福祉に係るサービスの提供体制の充実」が重要であり、これらを推進するためには、かかりつけ医の先生方のご協力が必要不可欠である。心不全患者が増加する現在において、心不全患者のステージ進展、再入院を防ぐためには、これまで以上に専門医とかかりつけ医の先生方の連携が求められている。

1)総務省統計局 1. 高齢者の人口

https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1291.html

2)Okura Y, et al. Circ J. 2008, 72(3):489-91.

3)厚生労働省 循環器病対策

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/jyunkanki/index.html

4)日本循環器学会 循環器病ガイドラインシリーズ「急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)」

https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_kimura.pdf

5)厚生労働省 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について
 (平成29年7月 脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会)図 20を一部改変

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000173149.pdf

6)国立がん研究センター 全がん協加盟がん専門診療施設の5年生存率、10年生存率データ更新 グラフデータベースKapWeb更新

https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2021/1110/index.html

7)Ide T, et al. Circ J. 2021, 85: 1438–50.

8)練馬区医師会広報調査部 編. だより. 2021, 640: 9-17.

9)日本循環器学会 循環器病ガイドラインシリーズ「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」

https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf

10)日本循環器学会 循環器病ガイドラインシリーズ「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」

https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf

11)Hoss S, et al. Am J Cardiol. 2016, 118(12): 1868-74.

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エキスパートが語る 心不全パンデミック時代のGDMTの重要性 ~ガイドラインを臨床で活かす~
心不全治療の現在の課題と今後の取り組み

[資材作成年月日:2022/03]

心不全診療における循環器病対策推進基本計画を踏まえた取り組みや現在の課題、解決について、東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授 東京大学 小室 一成先生 にご解説いただきました。

監修:国立大学法人東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授 小室 一成 先生

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