急性・慢性心不全診療ガイドラインに基づく薬物治療


心不全の入院基準として確立されたものはないが、通常「うっ血」と「低心拍出」の二つを参考にする。うっ血は体液の貯留を反映し、これが高度な場合や以前より悪化している場合には入院を考慮する。また、低心拍出は心臓のポンプ機能が低下した状態であり、症状や臓器障害が悪化した場合も入院対象となる。
心不全の症状や所見以外で考慮すべきもう一つの大事な要素が、家族のサポート力である。例えば、老老介護や独居高齢者など、自宅での生活継続が困難だろうという場合も入院を考える。
当院の入院患者の重症度はNYHAⅢ~Ⅳ度が多く、治療抵抗性心不全(ステージD)の患者も多い。推奨される薬物治療は左室駆出率によっても異なるが、重症例や高齢者では十分に実施することが必ずしも容易ではない。HFrEF*、HFmrEF†、HFpEF‡を合わせた心不全患者全体で薬物治療状況を見ると、ACEI/ARBおよびβ遮断薬はそれぞれ5割程度、MRAは4割程度であり、わが国のレジストリデータ1)と概ね同様である。
* HFrEF:LVEFの低下(LVEF<40%)した心不全(heart failure with reduced ejection fraction)
† HFmrEF:LVEFが軽度低下した心不全(heart failure with mid-range ejection fraction)
‡ HFpEF:LVEFの保たれた心不全(heart failure with preserved ejection fraction)
多職種による院内連携が心不全治療の要である
当院では、多職種が連携して心不全診療を行うために、院内情報システムを用いて情報を共有している。医師、看護師、薬剤師、理学療法士、臨床心理士、栄養士、メディカルソーシャルワーカー(MSW)といった多職種が心不全チームを構成し診療にあたる。チームメンバーは、院内情報システム内に構築された「包括的心不全管理シート」に各自専門分野の情報を書き込み、すべての職種がアクセス・閲覧することで、患者データを一元的に管理している(図1)。
また、多職種で連携して心不全診療にあたるために、週1回「包括的心不全カンファレンス」を実施している。ここでは多職種で情報共有や意見交換を行い、治療方針のコンセンサスを形成している。
こうした取り組みは10年ほど前に開始した。当初は医師主導で開催していたが、トップダウンによる方針の追認状態になり、メンバーからの建設的な意見が出にくかった。そこで、医師は症例の概要プレゼンとファシリテーションを担当し、看護師や他のメディカルスタッフが治療上の様々な課題を討論する形へ変更した。その結果、心不全チームの動きが次第に活発化し、現在の体制で運用するまでに至った。

多職種連携による心不全チームは全国的に実施されているが、多くの施設では一般病棟に移ってから動き出すことが多いと思われる。当院では、急性期から理学療法士や栄養士が心不全チームとして関わっている。それにより、急性期から慢性期までの広い期間にわたって、多職種協働による心不全への介入が可能である。
当院での慢性心不全におけるGDMTの状況
前述の通り、当院レジストリに基づくと、GDMT基本薬の導入率はACEI/ARBおよびβ遮断薬がそれぞれ5割程度、MRAが4割程度である。初回入院の場合、これらの薬剤が導入されていないことも少なくない。一方、国内での初回入院時の基本薬導入率については、WET-HFレジストリによるHFrEF患者での検討2)によると、ACEI /ARB 37%、β遮断薬 30%、MRA 9%であった。これらは、心不全リスクステージであるステージAあるいはBの時点から、心不全の進行を見据えた治療介入が行われていることを反映しているのではないかと思われる。
当院では、HFrEF患者の入院後のGDMT基本薬導入について、ACEI/ARBは比較的早い時期(ややうっ血が残っている段階)に開始を検討する。続いてβ遮断薬をうっ血解消後に開始することが多い。この際、以前から継続している薬剤は基本的にはそのまま継続する。当院では、入院・外来を問わず、MRAの導入を積極的に行っており、HFrEF患者再入院時のMRA導入率はおよそ6~7割に達している。薬剤投与のスケジュールは主に医師が決定しているが、患者の病態や治療反応性などを考慮し、適宜カンファレンスで薬剤師と相談している。
高齢患者へのMRA投与では食事に注意する
高齢心不全患者の多くに、腎機能低下が見られる。そのため、ACEI /ARBにMRAを併用する際は高カリウム血症への注意が必要である。電解質管理において、まず注意すべきは食事内容である。果物や野菜ジュースなどはカリウム含量が高いため、高値患者では摂取を控えるよう指導している。また、家庭での調理は患者本人ではなく家族が行うことも多いため、食事指導には家族の同席を促している。健康食品やサプリメントの中にはカリウム含量が高いものがあるので、使用状況をチェックする必要がある。
血清カリウム値は、一般に3.5~5.0mEq/Lを基準範囲とするが、心不全患者の管理では5.5mEq/L程度までは許容範囲とすることが多い3, 4)。血清カリウム値が5.0mEq/Lに近づくと、高カリウム血症をおそれて減薬や投与を中断することもあると思われる。循環器専門医の多くは低カリウム血症による致死性不整脈の発現を考慮し、基本薬の継続を目指す。基本薬の継続には血清カリウム値が5.0mEq/Lを大幅に超えないことや腎機能などに十分配慮することが重要である。血清カリウム値のコントロールが難しくなった場合には、高カリウム血症改善薬を併用しながら基本薬を継続するようにしている。血清カリウム値を5.5mEq/L程度まで許容しながら治療を行う場合、処方箋の血液データを見た薬局薬剤師から疑義照会を受けることがある。患者が不安に思う可能性があるため、服薬継続のメリット・デメリットを事前に十分説明した上で、診療録に記載を残し患者に不安を与えないよう努めている。
将来の心不全治療にとって大切だと考えること
GDMTの実践とリスク因子の是正は、心不全の進行を食い止める重要なカギである5)。心不全の慢性期薬物治療は、効果がなかなか見えにくいため、服薬の意義や必要性をきちんと患者に伝える必要がある。また、患者が心不全になれば、急性期では病院勤務医が対応し、慢性期にはかかりつけ医が対応する。患者が一生心不全と付き合っていくことを考慮すると、病院勤務医、かかりつけ医の両方でGDMTが実践されることが望ましい。その一方、患者が生活する上で何を重視するかという視点も忘れてはならない。心不全患者の多くは高齢者である。そのため、併存疾患の状況や家族環境によって何を優先すべきか、患者の要望を中心に十分な議論を重ねた上で、治療方針を決定していく必要があるとも考えている。
心不全診療では病院勤務医は医学的に妥当な治療を重視し、かかりつけ医は介護や生活に関わる視点に主眼を置く傾向にある6)。このギャップをお互いに理解することこそ、円滑な病診連携を行うための根本的な秘訣なのかもしれない。大学病院、基幹病院、かかりつけ医、薬局、介護施設ほか、地域としてどのような方法で患者中心の医療とサポートを提供できるのか、今後も考えていきたい。
最後に
心不全の治療法は大きく進歩したが、診療上の課題はまだ山積している。生命予後を改善し、心不全の進行を抑制するためにも、GDMTをより広く実践していくことは大切である。加えて、より本質的なこととして、心不全を含めた循環器疾患の教育・啓発が重要と考える。日本循環器学会では、「脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画」を策定し、循環器病対策基本法により円滑な遂行が期待される5つの課題を挙げている(図2)。義務教育における予防教育はその一つであり、私たち医師が、高血圧、肥満、減塩、禁煙などの生活習慣管理について教育機関に働きかけ、若いうちからの健康に関する正しい知識獲得に貢献する必要もあると考える。そして、生涯にわたる教育・啓発を活発に進めるためには、地域のかかりつけ医、薬局、介護施設など、すべての医療従事者の協力が重要である。私たちも、よりよい地域連携づくりを目指し協力していきたい。

1)Kaku H, et al. Circ J. 2020, 84: 742-53.
2)Akita K, et al. Circ J. 2019, 83: 1261-68.
3)Hoss S, et al. Am J Cardiol. 2016, 118: 1868-74.
4)猪又孝元. Heart View. 2019, 23: 117-20.
5)Bozkurt B, et al. Eur J Heart Fail. 2021, 23: 352-80.
6)Kinugasa Y, et al. Circ J 2021, 85: 1565-74.
7)日本脳卒中学会・日本循環器学会ほか. 脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画冊子2021.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/08/JCS_five_year_plan_2nd_20210817.pdf

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エキスパートが語る 心不全パンデミック時代のGDMTの重要性 ~ガイドラインを臨床で活かす~
心不全入院患者の管理とかかりつけ医との連携の重要性
[資材作成年月日:2022/06]
大学病院での入院管理とかかりつけ医との連携のポイント、今後解決すべき心不全診療の課題について、名古屋大学医学部附属病院 重症心不全治療センター 奥村 貴裕 先生にお話しいただきました。
監修:名古屋大学医学部附属病院 重症心不全治療センター 病院講師 奥村 貴裕 先生
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