急性・慢性心不全診療ガイドラインに基づく薬物治療


心不全の病期はステージAからDに分類されており、それぞれ、(A)器質的心疾患がなく、心不全症候のないリスクステージ、(B)器質的心疾患があり、心不全症候のないリスクステージ、(C)器質的心疾患があり、心不全症候を有する心不全ステージ、(D)有効性が確立している薬物治療・非薬物治療が考慮されたにもかかわらず改善しない治療抵抗性心不全ステージと定義されている1)。
心不全治療において、ステージA/Bでは心不全の発症予防に重点がおかれ、ステージC/Dでは心不全症状の改善、心不全の増悪・再発予防、生命予後の改善を図ることに重点がおかれている1)。
心不全の予防と治療を明確に区別することは困難だが、ステージA/Bにおいて、無症候であっても高リスク例であれば、将来起こりうる心血管イベントを抑制するために早期に治療介入することが推奨される。
また、ステージC以降の患者では左室収縮能力によって治療方針や評価方法が変わる。そのため、日常診療の中で心不全患者を見逃さず、速やかに鑑別診断および確定診断を行う必要がある。
特徴的な自覚症状、身体所見の確認とBNPの測定を行う
図1に慢性心不全の診断フローチャートを示す。心不全の診断ではまず、自覚症状の問診、既往歴・家族歴、身体所見、心電図、胸部X線を検討する1)。
非専門かかりつけ医で心不全の診断を行う際は、特に自覚症状および身体所見に注目してほしい。起坐呼吸、発作性夜間呼吸困難、労作時息切れなどが心不全を疑う代表的な自覚症状として知られているため、問診または実際に動いていただいて確認すると良い。さらに、最近ではbendopnea(屈曲位での息苦しさ)も心不全症状として注目されている。また、体重増加、頚静脈怒張、hepatojugular reflux(肝頚静脈逆流)も診察室で評価しやすい身体所見である。これらの症状や検査結果から慢性心不全を疑う場合、次に行うべき検査は血中BNP/NT-proBNP値の測定である。
診断のためのカットオフ参考値はNT-proBNP≧400pg/mLまたはBNP≧100pg/mLであるが、軽度の心不全患者や左室駆出率(LVEF)が保たれた心不全では安静時BNPが上昇しないこともあるため、心エコー検査などの追加検査を考慮し、複合的に判断する必要がある。
「急性・慢性心不全診療ガイドライン かかりつけ医向けガイダンス」2)では、BNP/NT-proBNPの測定までは非専門かかりつけ医がスクリーニングとして検査することが望ましいとしている。心エコー検査は心不全の診療において重要な診断的検査であり、心機能や血行動態の評価、原因疾患の診断、重症度評価、治療効果や予後評価に有用であるが、専門性が高く、判断が困難なことも多い。特に初発心不全の患者においては、原因探索のため、心エコー検査目的での専門医紹介をお勧めする2)。
ステージA/Bでは心不全への進展の可能性も考慮する
心不全治療の目的はステージの進行を抑制することである。
ステージA/Bにおいては、食事、運動、禁煙などの生活習慣管理に加え、高血圧や糖尿病などのリスク因子に対する治療、無症候性心不全例に対する投薬などの介入により、器質的心疾患の発症・進展予防、心不全の発症予防を目指す。すでに心肥大および線維化による心臓リモデリングが生じている患者では、今後心不全に進展する可能性が高いことを考慮した治療薬の選択を行うようにする。
レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系がリモデリングに関与すると考えられていることから3-5)、RAA系抑制的に働くアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、β遮断薬などの高血圧症治療薬を中心に考慮する。特に、レニン活性が低く塩分制限が不十分だと考えられる患者には、塩分の影響を受けにくいMRAを選択すると良い。
※ACE、ARB、MRA、β遮断薬のご使用にあたっては、各薬剤の添付文書をご確認下さい。
ガイドラインに基づき基本治療薬の導入を行う
ステージC以降はLVEFに応じて治療方針が異なる(図2)6)。ガイドラインではLVEFの低下した心不全(HFrEF)では、ACE阻害薬またはARBを忍容性がある限り最大限用い、これらにβ遮断薬とMRAを追加した薬物療法を基本治療として推奨している6)。効果が不十分な場合にはACE阻害薬/ARBからアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)への切替えやSGLT2阻害薬の追加を検討する6)。
また、併用薬として利尿薬を使用することが多い。
例えば、非専門かかりつけ医が基本治療の導入を行う場合、まずACE阻害薬/ARBを開始し、続いてループ利尿薬を併用する。2週後に再度来院していただき、ACE阻害薬/ARBを増量する。また、血液検査で腎機能や肝機能を確認し、問題がなければMRAを追加する。
β遮断薬は心機能の評価を行い、脈拍低下やうっ血が認められなければ導入できる。高齢者であっても自分で歩いて病院に来るような元気な患者であれば、できる限り標準治療を遵守することを目指してほしい。
しかし、実際には非専門かかりつけ医で管理している患者のβ遮断薬、MRAの使用率が低いと感じることがある。恐らく、あまり使い慣れていないために処方を躊躇っている先生方が多いのではないかと思われる。
前述のように、β遮断薬は導入前に心機能や体液貯留の評価を行う必要があるため、判断が難しい場合は専門医へ依頼または相談することをお勧めする1, 2)。MRAはカリウム保持性利尿薬としても知られているため、利尿薬ならループ利尿薬を選択するとの考えのもと導入されていないことがある。
しかし、慢性心不全でMRAを使用する意義は、利尿作用ではなく線維化と心肥大の抑制にあることを心に留めていただきたい。また、MRAはACE阻害薬/ARBと併用する際に血清カリウム値が上昇することを懸念して導入を控える先生方が多いが、基本的に腎機能が低下(eGFR<30mL/分)していなければ高カリウム血症を引き起こすことは少ない。定期的な血清カリウム値とクレアチニン値の測定を行い、添付文書に従って適切に用量を調節しながら、積極的なMRAの導入をお願いしたい。

最後に
2018年、日本の循環器医療を地域から支えるべく、循環器専門かかりつけ医を中心としたJapan Cardiology Clinic Network(JCCN)を発足した。これまでは専門医と非専門かかりつけ医の1:1の直線的な関係でしかなかったが、全国の循環器クリニックのネットワークを構築し、より活発な病診連携、診診連携を目指している。
この取り組みにおいて、循環器専門医は非専門かかりつけ医の相談を受け一部の対応を引き受けることで小休止を与えること、患者に安心を与えられること、ゲートキーパーとして病診/診診連携の整理をすること、の3つの役割がある。特に高齢患者の心不全においては、心不全自体よりも併存症、栄養状態、認知症などの周辺疾患の診療が重要になる場合も多いため、非専門かかりつけ医の担う役割は大きい。
循環器専門医では初期治療、心エコー検査、増悪時の治療方針の再構築などを行い、非専門かかりつけ医では日常的な定期診察、血液検査などを行うといった連携が求められる。ただし、循環器専門医の考える「増悪」と非専門かかりつけ医の考える「増悪」のイメージが乖離している、地域や病院によって心不全手帳やクリニカルパスがバラバラで統一されていないなどの課題もある。
今後、全国規模の学会やJCCNのネットワークを通じて、循環器専門・非専門にかかわらず共通言語化し、認識を共有していかなければならない。ますます増加していく心不全患者を支えていくため、多くの先生方のご協力をお願いしたい。
1) 日本循環器学会 循環器病ガイドラインシリーズ「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/06/JCS2017_tsutsui_h.pdf( 2022年4月26日閲覧)
2) 日本心不全学会 急性・慢性心不全診療ガイドライン かかりつけ医向けガイダンス
3) Kawaguchi H, et al. J Mol Cell Cardiol 1995; 27: 201-209.
4) Iwai N, et al. Circulation 1995; 92: 2690-2696.
5) Mizuno Y, et al. Circulation 2001; 103: 72-77.
6) 日本循環器学会 循環器病ガイドラインシリーズ 「2021年 JCS/JHFS ガイドライン
フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Tsutsui.pdf( 2022年4月26日閲覧)

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エキスパートが語る 心不全パンデミック時代のGDMTの重要性 ~ガイドラインを臨床で活かす~
かかりつけ医における心不全患者の診療の実践
[資材作成年月日:2022/08]
心不全診療におけるかかりつけ医の役割と、循環器専門医との連携について、大西内科ハートクリニック 院長 大西 勝也 先生にお話しいただきました。
監修:大西内科ハートクリニック 院長 大西 勝也 先生
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